組織開発

両利きの経営とは?実装の4ステップと失敗の原因を専門家が解説

両利きの経営とは?実装の4ステップと失敗の原因を専門家が解説
目次

「両利きの経営」という言葉は知っている。書籍も読んだ。しかし、自社でどう実装するかのイメージが湧かない。

この状態にある経営者は多いのではないでしょうか。既存事業の深化と新規事業の探索を両立させる概念は理解できても、組織として動かす方法が見えない。

両利きの経営が機能しない最大の原因は、理論を組織の日常に翻訳するプロセスの欠如にあります。

探索と深化を「やれ」と号令をかけただけでは、組織は動きません。カルチャーの統一、評価基準の切り替え、マネージャーの翻訳力が伴って初めて実装可能になります。

本記事では、成長企業300社以上の組織開発を支援してきたマネディクの視点から、両利きの経営の基本構造と失敗原因、実装の打ち手を解説します。

両利きの経営とは|「知の探索」と「知の深化」の基本構造

両利きの経営(Ambidexterity)とは、既存事業を磨き込む「知の深化」と、新しい事業領域を切り開く「知の探索」を同時に推進する経営戦略です。

スタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授とハーバードビジネススクールのマイケル・タッシュマン教授が提唱しました。

2016年の書籍出版を機に世界中で広まり、日本では早稲田大学の入山章栄教授が解説者として知られています。

両利きの経営の定義と提唱者

「両利き」とは、右手も左手も同じように使える状態を指します。経営に置き換えると、既存事業の収益最大化と新規事業のイノベーション創出を両立できている状態です。

オライリーとタッシュマンは、成功し続ける企業の共通点を研究する中で、深化だけでは長期的に衰退し、探索だけでは短期の収益を維持できないと発見しました。

両方を同時に成立させるマネジメントが、持続的な成長には不可欠だという結論が「両利きの経営」の骨子です。

英語ではAmbidextrous Organization(両利きの組織)と表現されます。書籍のタイトルは"Lead and Disrupt"であり、「導きながら破壊する」という意味を持ちます。

組織変革を推進するうえで欠かせないのが、変革を担うリーダーシップの在り方です。経営トップの覚悟と行動が、両利きの経営の成否を左右します。

「知の探索」と「知の深化」の違い

知の深化(Exploitation)は、既存事業の改善と強化を指します。コスト削減、品質向上、業務の標準化、既存顧客への深耕がその具体的な活動です。

すでに持っている知識や技術を磨き込み、確実に成果を出すことが求められます。

知の探索(Exploration)は、自社の認知の外にある知識を取りに行く活動です。新しい市場の調査、異業種との連携、新技術の実験がこれにあたります。

既存の知識と新しい知識を組み合わせてイノベーションを生み出すことが目的です。

この2つは求められる組織能力がまるで違います。深化は効率性と確実性が求められ、探索はスピードと失敗許容が求められます。

この違いを理解せずに同じ組織、同じ評価基準で両方をやろうとすると、必ず「深化に偏る」という結果になります。

なぜ今、両利きの経営が求められるのか

両利きの経営が日本で注目される背景には2つの構造的な変化があります。

1つ目は、デジタル・ディスラプション(デジタル技術による既存ビジネスの破壊)の加速です。コダックやブロックバスターの破綻が示すように、深化だけに集中した企業は衰退しました。

2つ目は、日本の大企業が構造的に「探索」を苦手としていることです。終身雇用と年功序列の中で育った社員の大半は、不確実性の中で意思決定を下す訓練を受けていません。

この構造的な偏りが、日本企業のイノベーション停滞の根本にあります。

両利きの経営が失敗する3つの構造的原因

両利きの経営に取り組む企業は増えていますが、「探索が形骸化した」「既存事業の改善にリソースが戻った」という声が後を絶ちません。

300社以上の組織を見てきた中で、失敗には共通した3つの構造的原因があります。

  • 既存事業への「未練と惰性」が探索を殺す
  • カルチャーの統一がないまま組織を分離する
  • 探索チームの評価基準が深化チームと同じになっている

原因1:既存事業への「未練と惰性」が探索を殺す

最も深刻な原因がこれです。既存事業が過去に大きな成功を収めているほど、その成功体験への未練と惰性が「探索」への投資判断を歪めます。

インテルの事例が象徴的です。メモリ事業で世界をリードしていたインテルが、アンディ・グローブの問いかけをきっかけに撤退を決断しました。

「もし我々がクビになったつもりになったら、新CEOは何をする?」。この問いが、過去への未練を断ち切る転機となったのです。

経営学ではこの現象を「コンピテンシー・トラップ」と呼びます。過去の成功パターンに囚われて新しい選択肢を排除してしまう罠です。

短期的に数字が見えやすい「深化」にリソースが集中し、成果が不確実な「探索」は社内で批判を浴びます。

この構造を打破するには、経営トップが「過去の成功体験を手放す覚悟」を組織に示すことが不可欠です。

組織の意思決定を歪める構造を理解するには、組織課題の根本原因を特定する方法も参考になります。

原因2:カルチャーの統一がないまま組織を分離する

両利きの経営の教科書的な実装方法は「組織の分離」です。深化チームと探索チームを別組織にし、それぞれに最適な環境を整えます。

しかし、分離の前に「共通カルチャー」を定義していないと、2つの組織は対立関係に陥ります。

深化チームは「探索チームは成果も出さずに予算ばかり使っている」と批判します。探索チームは「深化チームは古い考えに固執して変化を拒んでいる」と不満を持ちます。

この対立が放置されると、組織は分離ではなく分断になります。

深化チームにも探索チームにも共通するカルチャーが先にあれば、組織を分離しても一体感は維持できます。

「顧客の課題を起点に考える」「変化を前提に動く」「部門の壁を超えてボールを拾う」。これらが共通の判断基準となります。

組織文化の設計については、カルチャーを組織に浸透させる具体的な方法で詳しく解説しています。

原因3:探索チームの評価基準が深化チームと同じになっている

3つ目は、評価基準の設計ミスです。探索チームに短期の売上目標や利益目標を課すと、探索は機能しません。

探索の本質は「わからないことに賭ける」活動であり、短期で数字が出る保証がないからです。

それなのに、多くの企業で探索チームも深化チームと同じ評価基準で運用されています。結果として、大胆な実験や仮説検証に時間を使えなくなります。

探索チームの評価は「行動量」で設計すべきです。外部との接触回数、仮説検証のサイクル数、プロトタイプの作成件数が指標になります。

「短期の売上」ではなく「探索のプロセスが回っているか」を評価軸にすることで、探索チームは不確実性に向き合えるようになります。

評価制度の設計で陥りやすい落とし穴は、評価制度の運用で起きがちな問題と対策でも解説しています。

自社の組織がどの段階で機能不全を起こしているかを把握することが改善の第一歩です。

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両利きの経営を組織に実装する4つの打ち手

失敗の構造を踏まえて、両利きの経営を組織に実装するための具体的な打ち手を4つ提示します。

理論の解説ではなく、組織開発の実務として何をするかに焦点を当てています。

  1. 経営トップが「探索の意義」を自分の言葉で語る
  2. 共通カルチャーを先に定義してから組織を分離する
  3. 探索チームの評価を「行動量」に切り替える
  4. 深化チームと探索チームの間にリソース共有の仕組みを作る

打ち手1:経営トップが「探索の意義」を自分の言葉で語る

最初の打ち手は、経営トップが全社に向けて「なぜ探索が必要なのか」を自分の言葉で語ることです。

「両利きの経営」「イノベーション」といった抽象語を並べるだけでは、現場は動きません。

「このまま深化だけを続けると3年後に何が起きるか」「探索を通じてどんな未来を作りたいか」を具体的に語る必要があります。

AGCの島村琢哉CEOは、自社を「ガラス会社」から「素材会社」に再定義し、その意味を全社に繰り返し語り続けました。

この再定義があったからこそ、探索領域への投資に対して組織全体の理解が得られたのです。

経営トップが方向性を示したうえで、それを現場に浸透させるのはマネージャーの役割です。トップが曖昧なまま「探索もやれ」と言っても、現場は動けません。

経営者のビジョンを組織に浸透させる方法は、経営ビジョンの浸透を実現する具体策で詳しく解説しています。

打ち手2:共通カルチャーを先に定義してから組織を分離する

2つ目の打ち手は、深化チームと探索チームに共通するカルチャーを定義した上で組織を分離することです。

分離自体は有効な手法です。深化と探索では求められるスピード感、意思決定スタイル、失敗への許容度が異なるため、同じ組織で両方をやると必ず深化に引きずられます。

ただし、分離の前に「両チームに共通する行動指針」を定義しておくことが前提です。

「顧客の課題を起点に考える」「データに基づいて判断する」「部門の壁を超えて協力する」。こうした共通のカルチャーがあれば、対立ではなく協力関係を維持できます。

IBMはEBOプロジェクトで新規事業を部門化する際、分離と同時にルールの明確化とリーダーシップトレーニングを実施しています。

分離は「カルチャーの土台の上に建てる」ものであり、土台なしに分離するとただの分断になります。

打ち手3:探索チームの評価を「行動量」に切り替える

3つ目の打ち手は、探索チームの評価基準を「成果」から「行動量」に切り替えることです。

深化チームの評価は売上、利益、コスト削減率など短期の成果指標で設計できます。しかし探索チームに同じ指標を当てると、安全な施策しか選べなくなります。

探索チームの評価軸は次のように設計します。顧客との対話件数、仮説の検証サイクル数、プロトタイプの試作回数、外部パートナーとの連携件数です。

これらは「探索のプロセスが動いているか」を測る行動KPIであり、短期の売上とは切り離された指標です。

「チャレンジしている」ではなく「月に3件の新規仮説を設定し、2件を検証している」。ここまで具体化して初めて、評価が機能します。

行動を観測可能な指標に変換する考え方は、スキルマップを活用した人材評価の方法で解説しています。

打ち手4:深化チームと探索チームの間にリソース共有の仕組みを作る

4つ目の打ち手は、分離した2つのチームの間にリソース共有の仕組みを意図的に設計することです。

組織を分離した後に放置すると、深化チームと探索チームは別の会社のように振る舞い始めます。

共有すべきリソースは3つあります。1つ目は人材です。深化チームの優秀な人材を期限付きで探索チームに送り込み、知見を還流させます。

2つ目は顧客基盤です。既存事業の顧客ネットワークを探索チームが活用できる仕組みを作ります。

3つ目はブランドと技術基盤です。ゼロから全てを立ち上げるのではなく、既存の強みを探索に活かす設計にします。

AmazonがECで培った物流能力を活かしてAWSを立ち上げた事例が、リソース活用型の探索の代表例です。

既存の強みを新しい文脈で再利用する探索は、全くのゼロイチよりも成功確率が高くなります。

組織のリソース配分を最適化する方法については、組織設計の基本と実践的なアプローチも参考にしてください。

もし「両利きの経営を始めたいが、自社の組織が変化に耐えられるか不安」という段階であれば、まず組織の現状を把握することが重要です。

組織健康度チェックシートで自社の組織状態を事前に診断しておくと、どこから手をつけるべきかが見えてきます。

両利きの経営を持続させる3つの急所

実装の4打ち手を動かしても、持続させなければ意味がありません。特に押さえるべき3つの急所を解説します。

  • 経営陣全員の合意を取り「うやむやにしない」仕組みを作る
  • 短期的なパフォーマンス低下を前提に計画する
  • マネージャーを探索と深化の「翻訳者」に育てる

経営陣全員の合意を取り「うやむやにしない」仕組みを作る

両利きの経営は、経営陣の中に1人でも強い反対者がいると頓挫します。特に、既存事業の責任者が「探索に予算を取られたくない」と抵抗するケースは頻出します。

AGCの事例では、島村CEOが改革に抵抗する幹部の交代という厳しい決断を行っています。

全員の合意は理想ですが、現実には「合意できない人を外す」判断が必要になることもあります。

重要なのは、対立が生じたときに「うやむやにしない」仕組みを持つことです。

四半期ごとの経営会議で深化と探索の両方の進捗を報告し、リソース配分の妥当性を全経営陣で議論する。この定期的な場がないと、対立は水面下で進行します。

短期的なパフォーマンス低下を前提に計画する

両利きの経営への転換は、短期的に組織のパフォーマンスを下げます。探索チームの立ち上げコスト、人材移動に伴う深化チームの戦力低下が避けられません。

ここを想定せずに始めると、最初のパフォーマンス低下で「やっぱり探索は無駄だった」という揺り戻しが起きます。

経営陣が「最初の1〜2年は業績が落ちる前提で投資する」と明言し、それを取締役会で合意しておくことが探索チームの生命線です。

変革期における組織マネジメントの要点は、組織変革を成功させるマネジメントの実践法でも解説しています。

マネージャーを探索と深化の「翻訳者」に育てる

最後の急所は、現場のマネージャーを「探索と深化の翻訳者」に育てることです。

経営トップがビジョンを語り、組織を分離し、評価基準を整えても、それを現場で機能させるのはマネージャーの仕事です。

深化チームのマネージャーは「なぜ探索チームに予算が使われるのか」をメンバーに説明できなければなりません。

探索チームのマネージャーは「成果が出なくても行動量で評価される」という新しいルールをメンバーに浸透させなければなりません。

経営の意思を現場の日常に翻訳し、行動レベルで定着させるマネージャーの育成が、仕組みの成否を分ける最終的な鍵です。

両利きの経営に関するよくある質問

両利きの経営の英語名は何ですか?

Ambidextrous Organization(両利きの組織)が一般的です。

書籍のタイトルは"Lead and Disrupt: How to Solve the Innovator's Dilemma"です。

著者はチャールズ・A・オライリーとマイケル・L・タッシュマンです。

両利きの経営の要約を一言で教えてください

「既存事業を磨き込む深化と、新規領域を切り開く探索を同時に推進する経営戦略」です。どちらか一方に偏ると長期的な競争力を失います。

両利きの経営の事例にはどのようなものがありますか?

代表的な事例は4つあります。AGCは「ガラス会社」から「素材会社」に再定義して探索領域を拡大しました。

AmazonはECの物流能力を活かしてAWSを立ち上げました。IBMはEBOプロジェクトでサービス・ソフトウェアに転換しました。

小野薬品はOno Innovation Platformで連続イノベーションの仕組みを構築しています。

両利きの経営が「古い」と言われることがありますが?

理論自体は2000年代から存在しますが、実装方法はまだ発展途上です。

「古い」という批判は理論の有効性ではなく、「理論は知っているが実装できない」という実務上の壁への苛立ちから来ていることが多いです。

両利きの経営のデメリットは何ですか?

短期的なパフォーマンス低下、探索チームの立ち上げコスト、組織の二極化リスクの3つが主なデメリットです。

いずれも「やらないリスク」と比較して判断する必要があります。既存事業への一本足は、環境変化時の生存リスクを高めます。

両利きの経営で探索と深化のバランスはどう取りますか?

「バランスを取る」のではなく「両方を全力でやる」が正解です。リソース配分は事業フェーズによります。

探索への投資比率を最初から経営で決めておくことが重要です。判断のたびにゼロベースで議論すると、深化に引きずられます。

中堅企業でも両利きの経営は実践できますか?

実践できます。大企業ほどの投資規模は不要で、少人数の探索チームを立ち上げるところから始められます。

重要なのは組織規模ではなく、経営トップが「探索の意義」を明確に語り、カルチャーの土台を整えることです。

まとめ|理論を「組織の日常」に翻訳する

両利きの経営が失敗する原因は3つです。既存事業への未練と惰性が探索を殺す、カルチャーの統一がないまま組織を分離する、探索チームの評価基準が深化チームと同じになっている。

実装の打ち手は4つです。経営トップが探索の意義を語る、共通カルチャーを定義してから組織を分離する、探索チームの評価を行動量に切り替える、リソース共有の仕組みを作る。

持続の急所は3つです。経営陣全員の合意を取りうやむやにしない、短期のパフォーマンス低下を前提に計画する、マネージャーを翻訳者に育てる。

両利きの経営は理論ではなく実装の問題です。自社の組織が変化に耐えられる状態にあるかを把握するところから始めてみてください。

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川﨑 俊介
記事を書いた人
川﨑 俊介

新卒で当時6期目(60~70名規模)の株式会社ジーニーへ入社。入社後3年間でリーダー、マネ―ジャー、部長とマネジメント経験を積み、入社後4年目で事業責任者兼執行役員に就任。組織も300名を超え、グロース上場を経験。 その後海外事業など含む複数事業の責任者、常務執行役員を経て、2022年に取締役に就任。経営企画や人事などコーポレート領域も管掌。組織規模としても1000名を突破。 2024年4月に独立し、個人で人事・経営コンサル業も成長企業に対して実施しつつ、同年12月にマネディク株式会社CEO/アクシス株式会社取締役COOにも就任。

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